ハーバードではなぜ明治維新と岩崎弥太郎を学ぶのか




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ハーバードではなぜ明治維新と岩崎弥太郎を学ぶのか

グローバル化で東京と地方の格差はますます拡大する: ジェフリー・ジョーンズ Geoffrey Jones ハーバードビジネススクール教授。専門は経営史。同校の経営史部門長及びハーバード大学エドウィン・O・ライシャワー日本研究所教授。MBAプログラムでは選択科目「起業家精神とグローバル資本主義」を教えている。グローバルビジネスの歴史と責務を専門に、金融、貿易等のサービス分野から化粧品、トイレタリー等の消費材分野まで幅広く研究し、多くの著書を執筆。主な著書に『ビューティビジネス―「美」のイメージが市場をつくる』(中央経済社)、『多国籍企業の変革と伝統: ユニリーバの再生(1965-2005年)』(文眞堂)。2016年、環境ビジネスの歴史をテーマとした新刊“Profits and Sustainability: A Global History of Green Entrepreneurship”(Oxford University Press 2016)を出版予定。© diamond ジェフリー・ジョーンズ Geoffrey Jones ハーバードビジネススクール教授。専門は経営史。同校の経営史部門長及びハーバード大学エドウィン・O・ライシャワー日本研究所教授。MBAプログラムでは…

ハーバードビジネススクールを代表する知日派、ジェフリー・ジョーンズ教授。20年以上、日本の経営史を研究し、過去には学習院大学の客員教授を務めたこともある。ビジネススクールだけではなくハーバード大学エドウィン・O・ライシャワー日本研究所教授も兼任し、渋沢栄一から環境ビジネスまで幅広く研究活動を行っている。昨年は4度も来日した。

ジョーンズ教授は現在、MBAプログラムで経営史を教えているが、特に授業で焦点をおいているのがグローバル化と格差の問題だ。授業では日本の事例も登場する。

なぜハーバードで格差問題を教えるのか、日本から何を学ぼうとしているのか、日本の強みと課題は何か。ジェフリー・ジョーンズ教授に忌憚ない意見を伺った。(聞き手/佐藤智恵 インタビューは2015年6月22日)

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ジョーンズ教授が日本に興味を持ったきっかけ

佐藤 ジョーンズ教授はハーバードビジネススクールの経営史部長であるのと同時に、ハーバード大学エドウィン・O・ライシャワー日本研究所教授も務めています。長年、ビジネスの観点から日本の歴史を研究されていますが、そもそも日本に興味をもったきっかけは何だったのでしょうか。

ジョーンズ 1960年代から1980年代まで、日本は世界の経営史学会の中心的存在で、この分野の第一人者には日本人の学者が多かったのです。私がロンドン・スクール・オブ・エコノミクスの教員だったころに出会った一橋大学の米川伸一教授(当時)もその1人です。米川教授は日本を代表する経営史学者でしたが、たまたま私のことを気に入ってくださり、経営史学会の国際会議に招待してくれたのです。その会議は世界の著名な学者が一同に会する会議で、名もなき若手教員だった私が参加できるようなものではありませんでした。それなのに米川教授は特別に私を参加させてくれたのです。「能力のある若者にチャンスを与える日本の文化は素晴らしいな」と大変感銘を受けたのを覚えていいます。

 米川教授と出会ったことと国際会議に参加したことは、その後の研究活動に大きな影響を与えました。私は日本の経営史についても研究をはじめ、日本から新しい研究方法も学びました。日本が「国際比較研究」という研究手法の先駆者だったからです。その後、日本人の学者の方々と交流を深め、日本から多くを学び、現在に至ります。

岩崎弥太郎こそ学生たちのロールモデルとしてふさわしい

佐藤 ハーバードビジネススクールの選択科目「起業家精神とグローバル資本主義」では、三菱グループの創業者、岩崎弥太郎の事例を教えていますね。

ジョーンズ このケースは授業の第1部で教えています。第1部のテーマは「欧米とその他の国々の格差の拡大」です。その中で岩崎弥太郎の人生を軸に、日本の明治維新について教えています。

 ここで私が焦点をおいているのは、国の経済成長と社会制度の関係です。成長する国には、必ずそれを支援する社会制度があります。ダグラス・ノース(ノーベル経済学賞を受賞した経済学者)は、19世紀に西側諸国(特にイギリスとアメリカ)が台頭したのは、国民の所有権を保護し、国が所有税を得る仕組みをつくったことだ、と主張しています。他の国にはこうした税制度はありませんでした。

 日本が他の国とは違うのは、明治維新で社会制度そのものを国民がひっくり返してしまったことです。全く新しい制度を国民主導でつくりあげたのです。その原動力となったのは、地方の小さな武士のグループです。彼らは「日本は中国やインドのように遅れてはならない」「欧米に早く追いつこう」と考えました。土佐藩出身の下級武士、岩崎弥太郎はそのグループの一員でした。明治時代に三菱商会を創業し、商人として大成功を収めました。

佐藤 日本の明治維新から、ハーバードの学生は何を学べるのでしょうか。

ジョーンズ 国の社会制度は変えられるものだ、ということです。自分の国の制度が国全体のためにならないと思えば、変えることができるということです。最初は1人でも、小さなグループでも、本気で立ち上がれば、国全体を変えられるのです。

 もちろんそれには犠牲が伴います。明治維新では多くの日本人が亡くなりました。でもそのおかげで近代化が進み、日本の経済は急速に成長したのも事実なのです。

佐藤 岩崎弥太郎は明治維新で何を実現しようとしたのでしょうか。

ジョーンズ 彼はビジネスの仕組みを根本的に変えようとしました。能力ある個人が評価され、富を得る社会をめざしたのです。対照的なのが、渋沢栄一です。商業主義を追求した岩崎弥太郎に対し、渋沢栄一は合本主義を唱えました。渋沢栄一は個人の利益よりも公益を優先すべきだと主張したのです。

佐藤 岩崎弥太郎の人生をあえて紹介しているのはなぜですか。

ジョーンズ 岩崎弥太郎がこの時代に最も成功したビジネスリーダーだったからです。その上、生き方もユニークで性格も豪快。非常に魅力的なキャラクターです。

 さらに、岩崎弥太郎は学生のロールモデルとしてふさわしい人物だと思います。彼は30代で明治維新と起業を経験し、40代で巨万の富を築きました。最近のMBAの学生というのはIT起業家の活躍もあり、「30歳までに何かを成し遂げて、金持ちになっていないと、人生終わりだ」と思い込んでいるもの。そんな学生たちに「30代からでも遅くない」ということを岩崎弥太郎は教えてくれるのです。

明治時代の日本が著しい経済成長を遂げた2つの理由

佐藤 明治時代、日本では近代化が急速に進み、日本経済は大きく成長しました。なぜこれほどの成長を遂げたと思いますか。

ジョーンズ それには2つ要因があると思います。

 1つは、江戸時代にすでに「高度に発展した特殊な社会」ができあがっていたということです。当時の日本には、江戸、大坂などの大都市があり、経済市場がありました。農業技術も進んでいて、農業生産性に優れていました。国民の識字率は驚くほど高く、幕末の識字率は男性で43%、女性で10%だったと言われています。世界でもこのような高い識字率を誇る国はありませんでした。

 経済成長の要因は複雑で、何が経済を成長させるのかについてははっきりとは解明されていませんが、確実に言えるのは、人的資本(ヒューマンキャピタル)が経済成長を左右するということです。中でも読み書きができる国民がどれだけいるか、というのは非常に重要な要素なのです。日本には、江戸時代から優れた人的資本がありました。日本は閉ざされた封建社会の中に、優れた人的資本を抱え、高度に発展した社会をつくりあげていたのです。

佐藤 江戸時代に築いた土台があったからこそ、近代化に成功した、ということですね。なぜ日本は高度に発達した特殊な社会をつくりあげることができたのでしょうか。

ジョーンズ 日本が島国だという地理的な要素は大きいと思います。イギリスと同じように島国には多くの利点があります。外敵からも攻撃されにくく、面積が狭い分、国全体を統治しやすいのです。

 たとえば国土が広い中国で、国全体を統治することはとても難しいことです。政府が何か新しいことをしようとしても移動や伝達にとにかく時間がかかります。一方、日本やイギリスのような島国であれば、武力さえ持っていれば、効率的に中央集権体制を敷くことができます。その中で国全体の技術が発展し、教育レベルがあがっていったということです。

佐藤 日本の特殊性は地理的な要因が大きいということですね。

ジョーンズ 日本が近代化に成功したもう1つの要因としては、武士が中心となって討幕運動を起こしたことが挙げられます。明治維新では下級武士が政変を起こし、力づくで、時には無情ともいえる方法で、近代化への道を切り開きました。その結果、多くの血が流れましたが、社会階層の一番上にいる武士が手段を選ばすに制度を変えようと思ったからここまでできた、とも言えるのです。

 武士たちはなぜ喫緊に近代化することが必要だと思ったのか。彼らは武士としての直観で危機を察知したのです。アメリカから黒船が来航したとき、戦闘集団である武士が注目したのは武器でした。武士が持っているのは刀。西側の軍人が持っているのは銃。戦ったら負けるのは明らかでした。その危機感が明治維新へとつながったのです。

佐藤 他のアジア諸国はなぜそこまで近代化しようと思わなかったのでしょうか。

ジョーンズ 支配層に武士ほどの危機感がなかったからです。日本と最も対照的だったのが中国です。19世紀、中国の国家戦略を立案していたのは、学者と知識人です。彼らは中華思想の信奉者で、欧米が豊かになったとしても、中国の脅威になるという発想はありませんでした。他国が中国よりも優れているなんてありえないと考えていたのです。

 同じくタイでは国王ラーマ5世のもとチャクリー改革が行われました。タイは欧米の植民地にならなかった国ですが、日本ほど近代化が進みませんでした。国王は武士ほど乱暴に徹底的に制度を変えられませんでした。19世紀、日本ほど近代化に成功したアジアの国はなかったのです。

 明治維新は他のアジアの国々にも影響を与えました。リー・クアンユー政権下のシンガポールや、朴正熙政権下の韓国は、明治時代の日本をモデルにしたと言われています。

戦後日本に奇跡の経済成長をもたらした並外れた起業家たち

佐藤 著書「ビューティビジネス―「美」のイメージが市場をつくる」では、戦後、日本は奇跡のような経済成長を遂げたと述べています。その要因は何だったと思いますか。

ジョーンズ いくつかの要因があると思いますが、まず1つめは、この時代、日本には素晴らしい起業家がいたことです。盛田昭夫さん、豊田喜一郎さん、本田宗一郎さん、稲盛和夫さん……。起業家としての優れた能力を発揮し、次々に新しいビジネスを起こし、組織を拡大していきました。

 何よりも、彼らには「日本を復興させたい」という明確なビジョンがありました。戦後の日本は非常に貧しい国でした。「国民の生活を向上させるためにも経済を成長させたい」という強い思いが彼らの原動力となったのです。

佐藤 並外れた能力を持った起業家が大きな役割を果たしたということですね。

ジョーンズ そうです。彼らが起業した会社は、今や、世界有数の企業に成長していますね。何十年も持続的に成長しつづける企業の土台をつくった偉大な起業家たちが、この時代にいたということです。

佐藤 戦後、日本で独自に発展した企業集団システムは、経済成長に貢献したと言えるでしょうか。

ジョーンズ 私はこの時代には有益に働いたと見ています。日本では、戦後、三菱、三井、住友等、企業集団が形成されました。このシステムはメインバンクからグループ会社に効率的に資本を調達するのに役に立ちましたし、総合商社は、グループ全体の輸出事業の拡大に貢献しました。

 もちろん企業集団システムには様々な問題があり、現在では解消されつつあるのは知っていますが、戦後のような復興期には大きな威力を発揮したと思います。

佐藤 ところでアジアの中でなぜ日本だけが急速な経済成長を遂げることができたのでしょうか。

ジョーンズ タイミングがよかったとは言えると思います。第二次世界大戦後、他のアジア諸国は世界経済から切り離されていました。中国もインドも内政で精一杯で、グローバル化を推進するところまではいきませんでした。

 そんな中、日本は国を挙げて産業を推進し、輸出を拡大しました。もちろん製造業で米国企業に追いつくのは大変なことでしたが、米国企業の成長が停滞したことも、日本にとっては追い風となりました。停滞の理由は、米国企業が傲慢になり、イノベーションを怠ったことです。

 なぜ日本が奇跡ともいえる経済成長を遂げたのか。日本には素晴らしい起業家と企業集団というシステムがあり、それを強みに、絶妙なタイミングで世界に進出したからです。

佐藤 素晴らしい起業家や優れた企業集団のもとで働いていた国民の力も貢献したのではありませんか?

ジョーンズ もちろんです。日本人は勤勉で、教養があり、技能にも優れている国民です。起業家だけではなく、国民全体が、国を復興させたいという思いにあふれていました。こうした日本人の精神が経済成長の原動力になったのは言うまでもありません。

>>続編『日本に蔓延する悲観主義と内向き志向の正体』は9月18日(金)公開予定です。
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by denhazim | 2015-09-16 10:01