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お召し列車
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by denhazim | 2013-02-08 18:27
☆ピカソ絵画、42億円で落札 愛人のワルテル描く
 2013.2.6 14:47
42億円で落札されたピカソの愛人を描いた絵画=5日、ロンドン(AP)

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by denhazim | 2013-02-08 18:17

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MARK IS みなとみらい」が6月にオープン
 1983年にグループ企業の三菱重工から横浜造船所跡地を購入して以降、街のシンボ
ルタワー「横浜ランドマークタワー(1993年完成)」に代表されるように、みなとみらい(MM)21地区の街づくりでは中核的な役割を担ってきたのが業界最大手の三菱地所である。

 そして同社の基幹商業施設として今年6月にオープンするのが「MARK IS(マークイズ)みなとみらい」(旧・MM21地区34街区商業施設開発計画)である。

 場所はみなとみらい線みなとみらい駅の西側で、横浜美術館の向かい側。JR桜木町駅からパシフィコ横浜を結ぶ「クイーン軸」とグランモール公園、新高島駅、横浜駅とつながる「グランモール軸」のちょうど結節点にあたり、MM21地区のほぼ中心地に位置する。

 施設の延床面積は11.6万㎡、店舗面積は4.3万㎡。地下4階・地上6階建となり地下4階はみなとみらい駅と直結。4階以下には、各種スクール、レストラン、ファッション・雑貨・食品・生活雑貨など約190店舗が入居する予定だ。

 現在入居が決まっているのは、東京ガスの料理教室などを併設したショールーム、スポーツ用品専門店のスポーツオーソリティ、衣料品のユニクロ、玩具・子供衣料品のトイザらス・ベビザらスなど。5~6階には、メインテナントとして「自然」をテーマにした日本初の体験型エンタテイメントパークが入る予定だ。

 完成すれば、そごう横浜店(店舗面積10.6万㎡)、横浜高島屋・ダイヤモンド地下街等(9.9万㎡)、クイーンズスクエア横浜(5.0万㎡)に次ぎ、横浜市西区では4番目の大型店となる。

 さて、MM21地区は横浜都心部の一体化と強化をめざし、ウォーターフロントの再開発として建設されてきた街である。当初、2000年まで開発が終了するはずだったが、景気変動の余波を大きく受け、計画は遅れに遅れている。その間、お台場や丸の内、八重洲、汐留と新手の競合が都心部に登場し、企業や各種施設の誘致競争も厳しさを増しているようだ。今回の商業施設のオープンがMM21地区開発を促進する起爆剤となるかが注目される。

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by denhazim | 2013-02-08 18:09
本当に、惜しい方が逝ってしまわれました。
なんの分野であれ稽古をする人にとっては、市川団十郎さんの遺したこの言葉は身に沁みることと想います。

ご冥福をお祈りいたします。
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★[有名人の訃報]小泉元首相や三津五郎、中車、獅童ら弔問客途切れず
骨髄移植手術後初の演奏会「小唄夜雨会」で機敏な動きを見せた市川團十郎さん=日本橋三越劇場

東京・目黒区内にある市川團十郎さん(享年66)の自宅には、4日午前零時半ごろに遺体が到着。深夜から歌舞伎俳優の坂東三津五郎(57)、中村時蔵(57)、市川染五郎(40)らが弔問に訪れ、三津五郎は報道陣の問い掛けに「今はそんな状況ではないので…」と沈痛な表情。染五郎も「感謝の一言です」などと言葉少なだった。(サンケイスポーツ)

 夜明けからも弔問客は途切れず、尾上菊之助(35)、人間国宝の澤村田之助(80)、昨年12月に亡くなった中村勘三郎さん(享年57)の妻、好江さんと中村勘九郎(31)の妻で女優、前田愛(29)ら歌舞伎関係者のほか、小泉純一郎元首相(71)らも訪れた。

 ◆森喜朗元首相(75) 「歌舞伎役者として見事に生き抜かれた。團十郎さんは日本の宝だと思います」

 ◆人間国宝で歌舞伎俳優、澤村田之助(80) 「お父さん(11代目團十郎)にもよくしていただいた。明るい性格で歌舞伎界にとって貴公子のような存在だった。とても悔しいです」

 ◆歌舞伎俳優、市川中車(香川照之=47) 「(号泣しながら)ありがとうございましたという言葉しかありません。いろいろ教えていただいたので…」

 ◆歌舞伎俳優、中村獅童(40) 「人間が大きくて、イライラせずに、優しく歌舞伎を教えていただいた。私はデキの悪い生徒ですが、歌舞伎界を見守ってほしい。これからは、みんなで手を取り合って、歌舞伎の未来をつなぎます」

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by denhazim | 2013-02-05 11:43
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中曽根元首相は若い頃から、政権を担ったときの政策構想から首相としての振る舞いに至るまで、注意事項をノートにメモして研鑽を積んできたことで知られる。再登場の安倍首相も2007年の辞任の後、「気づいた反省点や教訓などをその都度ノートに書きつづった」と朝日新聞が伝えている(1月27日付朝刊)。

 「雌伏の5年」での脱皮や弱点克服の努力の跡を知ることができる「安倍ノート」の中身は興味深い。

 尊敬する祖父の岸元首相、長期政権を築いた佐藤、中曽根、小泉の3元首相などから「歴史の教訓」をどう読み取るかといった記述もあるかもしれない。それだけでなく、第2次内閣の組閣や船出の舵取りを見て、もしかすると、もう一人、小渕元首相も手本にしているのではないかと思った。

 1997年秋の金融危機の8ヵ月後、どん底の景気で登場した小渕氏は、組閣で宮沢元首相を蔵相に迎え、「なんでもあり」といわれた大型の景気浮揚策や金融再生策を実行した。効果が出て、小渕内閣は99年夏には絶好調となった。安倍首相も組閣で麻生元首相を財務相に起用する一方、「なんでもあり」と思えるアベノミクスで脱デフレに挑む構えだ。

 安倍首相は就任1ヵ月後に66.7%の高支持率(1月28日発表の共同通信調査)を弾き出したが、小渕氏は「冷めたピザ」とからかわれ、超不人気で出発した。小渕氏を「真空総理」と呼んだのは中曽根氏だ。「中が真空だから、なんでも吸い込む吸引力がある」と絶妙の表現で評したが、「低い重心」が持ち味だった。

 安倍首相が「やがて絶好調」となるには、小渕氏のような「吸引力」と「低い重心」を心がけることが重要だろう。

 もう一点、安倍首相と小渕氏には「健康不安を抱えて登板」という共通点がある。小渕氏は87年秋に心臓病を患い、10年後に首相となったが、在任1年8ヵ月で病に倒れ、直後に他界した。

 「画期的新薬で回復」と強調しているが、5年前に健康悪化で辞任し、持病を抱えたまま再登場した安倍首相は、小渕氏から「歴史の教訓」をどう学んだのか。

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by denhazim | 2013-02-04 11:05