歌手、藤圭子さんの衝撃死は、日本中を驚かせた

f0180726_1905621.jpg


歌手、藤圭子さんの衝撃死は、日本中を驚かせた。近年は宇多田ヒカル(30)の母として注目されたが、その人生は波瀾万丈。貧しい幼少期を過ごし、作詞・作曲家の石坂まさをさん(享年71)に才能を見いだされ、18歳で歌手デビュー。ヒット曲を連発し、一流歌手の仲間入りを果たした。その半面、私生活は結婚、離婚を経験。引退、電撃復帰、金銭トラブルなど、激動の62年間だった。(サンケイスポーツ)

 藤さんは、北海道旭川市で、浪曲歌手の父、三味線演奏者の母のもとで育った。生活は貧しく、67年に一家で上京。東京・墨田区の錦糸町近辺で、目の不自由な母とともに流しで歌っていた。当時を「小さいころから地方巡業。苦しいことはたびたび」と、振り返ったこともあった。

 しかし、必死に歌う姿が音楽関係者の目に留まり、石坂さんのプロデュースで、69年9月に「新宿の女」でデビュー。24時間連続で新宿中のレコード店や、居酒屋をキャンペーンで回り、清楚なルックスと圧巻の歌声で80万枚超の大ヒットとなった。

 その後も、石坂さんとのコンビで「圭子の夢は夜ひらく」などヒット曲を量産し、「日本歌謡大賞」や「日本レコード大賞大衆賞」ほか数々の賞を受賞。「歌うことは私の宿命。体の底に染みついた演歌を、モダンに歌っていきたい」と語っていた

 私生活では、デビュー2年目の71年8月に歌手、前川清(65)と結婚するも、1年後に離婚。74年にのどのポリープ除去手術を受けたのを境に、徐々に人気は低迷。そんな中、79年10月に「スターの座を捨てても、第二の人生を歩みたい」と突然の引退会見を行った。

 その後渡米し、ハワイなどで過ごすと、81年7月に電撃復帰。この“充電期間中”に音楽プロデューサー、宇多田照實氏(65)と結婚。83年に再渡米し、ニューヨークで宇多田ヒカルを出産した。

 生活拠点を米に移し、公の場に姿を見せていなかったが、98年にヒカルがデビュー。このときも表舞台に出ることはなかった。それでも、周囲やマスコミ関係者に「歌がすごくうまいコなんです。よろしくお願いします」と、誰よりも応援していた。

 ところが、2006年3月に米ニューヨークのケネディ空港で現金約42万ドル(当時の約4900万円)を手荷物検査で発見され、全額を差し押さえられる騒動も。麻薬など疑惑の目も向けられたが、違法性はなく、後に全額が返還された。

 苦労を重ねてきたせいか、ある知人によると「若いころから賞をもらうより、仕事でお金をもらうことを喜んでいた」という。07年には宇多田氏と離婚。再び表舞台に出ることもなく、ひっそりと、そして突然にこの世を去った
[PR]
by denhazim | 2013-08-23 19:01