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 8月14日に、平成27年度の『経済財政白書』が公表された。



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 8月14日に、平成27年度の『経済財政白書』が公表された。
この中で、「経済と財政の一体的改革に向けて」と題した節で、経済成長と財政健全化に関する興味深い分析が示されている。今回はこれに注目したい。

 6月30日に閣議決定された「骨太の方針2015」では、2020年度に基礎的財政収支の黒字化を目標として掲げ、経済再生と財政健全化の二兎を得るため、「経済・財政一体改革」に取り組むこととした。「経済・財政一体改革」とは、具体的には、「デフレ脱却・経済再生」、「歳出改革」、「歳入改革」の3本柱の改革を一体として推進し、安倍内閣のこれまでの取り組みを強化することを指す。

 そこで問われたのが、財政健全化目標を達成するためには、「デフレ脱却・経済再生」、「歳出改革」、「歳入改革」のどれをどれだけ重視するかである。もっと率直に言えば、財政健全化のためには、経済成長を促すことと、歳出削減や増税といった歳出入に直接手を付けることのどちらをどう重んじるかである。

 これらが問われる背景を、もう少し理論的に整理しよう。そもそも、何のために財政健全化するかといえば、未曽有の規模に達した政府債務残高対GDP比ができるだけ上がらないようにすることである。政府債務残高対GDP比はどのような要因で上昇するかを分解してみよう。

 政府債務残高対GDP比の値は、分子が増えれば上昇し、分母が増えれば低下する。したがって、それぞれの要因に分解すればこの比率がなぜ変化したかがわかる。

 まず、分子である政府債務残高が増える要因を考えよう。当然ながら、財政収支が赤字であれば、その赤字の分だけ政府債務残高は増加する。ここを特に、利払費を含まない財政収支である基礎的財政収支と、利払費とに分けてみることにしよう。基礎的財政収支が赤字だとその分政府債務残高は増える。利払費が払われればその分(財政収支の赤字要因となるから)政府債務残高は増える。

 他方、分母であるGDPが増える要因を考えよう。このGDPは名目額である。したがって、実質GDPが増えれば(物価水準が一定として)名目GDPが増える。物価水準を表すGDPデフレーターが上昇すれば(実質GDPが一定として)名目GDPが増える。

 以上より、政府債務残高対GDP比の変動要因は、次のようにまとめられる。基礎的財政収支が赤字であるとその赤字額の分だけ、この比率は上昇する(基礎的財政収支要因)。利払費が払われればその分だけ、この比率は上昇する(利払費要因)。実質GDPが増えればその分だけ、この比率は低下する(実質GDP成長率要因)。GDPデフレーターが上昇すればその分だけ、この比率は低下する(GDPデフレーター要因)。

 この考えに基づいた分析が、『平成27年度経済財政白書』に示されている。それを集約したのが次の図である。

 この図では、先にあげた4つの要因が、横軸より上(プラス)になると債務残高対GDP比の上昇要因に、下(マイナス)になると低下要因となることを意味する。

 まず、『経済財政白書』は、この図についてどう解説しているか、引用してみよう。「1980年代以降でみると、債務残高対GDP比が減少したのは、経済成長と物価の上昇、基礎的財政収支の改善がみられた1990年代初頭までである。

 一方で、最近の動きをみると、東日本大震災があった2011年度以降、債務残高対GDP比の上昇傾向に歯止めがかかりつつある。特に2013年度以降、経済再生と景気回復による税収増、デフレ脱却に向けた動きの進展等により、実質GDP成長率要因、基礎的財政収支要因、GDPデフレーター要因が改善傾向となっており、GDPデフレーター要因については、2014年度および2015年度は、1990年代以来の債務残高対GDP比の押下げ要因となる見込みである。」

 これを要約して、『経済財政白書』では、「債務状況の悪化は基礎的財政収支赤字の拡大が主因、名目経済成長低迷も影響」としている。

 確かに、1992年度以降赤字となった基礎的財政収支要因は、ずっと政府債務残高対GDP比を上昇させるのに寄与し続けてきた。基礎的財政収支赤字が減れば、この図の基礎的財政収支要因の棒グラフが小さくなり、折れ線グラフで表されるように、政府債務残高対GDP比があまり上がらなくなる(対前年差で増えない)。だから、『経済財政白書』が要約した「債務状況の悪化は基礎的財政収支赤字の拡大が主因」は正鵠を射ている。

 しかし、要約にはその後に「名目経済成長低迷も影響」としているが、果たしてそこまで言えるだろうか。この図からは、そこまで言うのは針小棒大だろう。ここでいう「名目経済成長」要因とは、『経済財政白書』での定義によると、実質GDP成長率要因とGDPデフレーター要因を合計したものである。

 この図を見ると、2000年代以降、リーマンショックの影響など一部を除けば、大半の年度で、実質GDP成長率要因は低下要因、GDPデフレーター要因が上昇要因となっており、それらを合計した名目経済成長要因で見ると、両者は相殺されて、低下要因になるにせよ上昇要因になるにせよ、かなり小さな値にしかならない。だから、「名目経済成長低迷も影響」とするのは言い過ぎだろう。

 現に、昨年公表された『平成26年度経済財政白書』にある同様の分析が、それを物語っている。『平成26年度経済財政白書』の図1-3-2では、政府債務残高対GDP比の変動要因について、先と同じ4つの要因の寄与の度合いを、2008年度から2012年度まで累積として算出していて、日米英独の国際比較も行っている。この分析によると、各変動要因を累積して算出すると、日本においては最大の要因はやはり基礎的財政収支要因、次いで利払費要因である。実質GDP成長率要因とGDPデフレーター要因を合計した名目経済成長要因は、両要因が相殺されるので小さい。米英でも同様の傾向がある。

 ちなみに、先に紹介した『経済財政白書』の記述で、「GDPデフレーター要因については、2014年度は、(中略)債務残高対GDP比の押下げ要因となる」というのは、消費税率の引上げが、物価に直接的に与えた影響で、債務残高対GDP比の押下げ要因となったことを意味する。消費税率が引き上げられた分物価水準が上昇したので、それだけ名目GDPを押し上げて、それが政府債務残高対GDP比の分母が増えて、この比率を下げた、という意味である。

 東洋経済オンラインの本連載の拙稿「安倍政権、このままでは『ねずみ講財政』だ」でも示したとおり、やはり政府債務残高対GDP比をこれ以上上げないようにするには、基礎的財政収支そのものの改善、つまり歳出削減と歳入確保に努めなければならないことが、今年度の『経済財政白書』からも確認できた。

 ただ、経済成長をないがしろにしてよいというわけではない。経済成長の促進も重要だが、そのために必要な手段を間違ってはいけない。デフレ脱却のためには需要不足を解消しなければならないという見方にとらわれると、財政出動をしてでも需要拡大を図ればGDPが増えるという「ワナ」にはまる。

 財政出動すれば当然、財政収支は悪化する。財政出動しても、GDPを有効に増やせる保証はない。そうなれば、財政出動すれば、政府債務残高対GDP比が下げられると思いきや、基礎的財政収支も悪化するし、GDPも思うように増えないし、結局政府債務残高対GDP比が悪化する羽目に陥る。

 それよりも、今のデフレ脱却には、実質賃金の上昇が資する。しかし、失業率が低下しているのに実質賃金が伸び悩む理由には、労働生産性が向上しないことがある。

 財政出動したとしても労働生産性が上がるわけではない。今までしてきた仕事をより短時間で仕上げられるようにするとか、無駄な作業を省く工夫をするとか、身近なところに労働生産性を上げる方策はある。政府ばかりに頼るのではなく、民間でできることから始めれば、労働生産性の向上・実質賃金の上昇、ひいてはデフレ脱却につながる。これこそ、『経済財政白書』でも訴える「経済再生と財政健全化の二兎を得る」近道である。
by denhazim | 2015-08-31 10:00